#18 怒りの獣神
エロアニメの神様その日、
私は賀島さんにお付き合いして
アフレコの見学をしていました。
前半パートの収録が終わって、
スタジオのロビーで
皆さんが寛いでいたところ、
ロビーの入口から女性の怒鳴り声が
聞こえたのです。
「待って、これってどういうこと!?
私聞いてないんだけど!?」
振り返ってみると、
本日の出演者の女性の一人が
先輩の女性に怒られているようでした。
聞き耳を立てるつもりは
なかったのですが、大きな声なので
話の大筋が分かってしまいます。
「内緒にしてたってことは
うしろめたかったわけでしょ!?」
どうやらその役者さんと先輩の女性は
専門学校か養成所で講師と生徒の
関係であったようです。
役者さんはエロアニメのお仕事をする
のは初めてらしいのですが、
それを内緒にしていたのが
女性講師さんは腹立たしかったようです。
要するにですね。
この女性講師さんは、エロアニメが
嫌いみたいです。
「あなたはこういう仕事が
本当にしたかったわけ!?」
【こういう仕事】とはまた失礼な。
キャリアの浅い役者さんにとって、
例えセリフが少なくとも、スタジオで
収録する機会は大変貴重です。
お芝居と関係の無いアルバイトを
しているよりも、遥かに学びが多い
のでないかと思います。
加えて、
音響監督さんや音響スタッフさんは
エロアニメのお仕事だけされている
わけではないので、もしこの現場で
名前を覚えてもらえたら、
エロアニメ以外のお仕事に繋がる
可能性もあるわけです。
いわばチャンスなのです。
「……確かにそうだな。
神様もよく勉強してるね」
賀島さんは私にだけ届くように
心の中で語りかけてきました。
「あと、音響監督さんは、
収録の途中であんまり役者さんを
𠮟りつけたりしないよね」
「どういうことでしょう?」
「収録の場の空気が悪くなるし、
若い役者さんを𠮟りつけたりすると
萎縮しちゃって良いお芝居なんか
できなくなっちゃうもの」
「ははぁ……なるほど」
「舞台の稽古みたいに
時間が凄くあるんならともかく、
アフレコの現場は
稽古の場じゃないからね。
元々下手なお芝居を何とかする
時間の余裕はないんだわ。
収録現場では
その役者が元々出来る
ベストのお芝居を引き出すことを
まず第一に考えるんだよ」
「何か問題があったとしても、
𠮟りつけるなら収録の後だよね。
とにかく作品の収録が
最優先なんだから」
「ちょっと話は逸れるけど、
例えばゲーム原作の出演者で
アニメの収録が初めてっていう
役者さんがいた場合、
その人だけ入り時間をずらして
単独で収録したりするんだよね」
「どうしてですか?」
「他の役者さんの前で
何度もリテイクを繰り返していると
相手の役者さんや待たせてる他の
役者さんに申し訳なくて、
『どうしようどうしよう』って
どんどん萎縮しちゃうんだよね。
そうなるとやっぱり良い芝居は
引き出せなくなっちゃうから」
「なるほど、そうですね」
「……そう考えると、
あの女性講師さんの行動は
ちょっと認識不足なのかな?」
さらに私が腹立たしく思うのは、
今現在、このスタジオは
エロアニメの制作会社さんがお金を
払って借りているわけで、
我々のエロアニメを
『こういう仕事』
呼ばわりする彼女が、この現場の空気
を悪くしていることなのです。
礼節と配慮を弁えぬヒトには
【神の雷】を与えましょう。
「……え? そんなのできるの?」
「はぁあぁぁぁあぁああぁっ!……」
私が渾身の怒りを込めて
その女性講師さんの額に向け放った
【神の雷】は、
彼女にとって蚊に刺されたくらいの
感覚しか無かったらしく、
彼女は前髪を軽く直しただけでした。
やはり生まれて間もない私の力は
ヒトの世界にはこの程度しか
干渉できないようです。
「……あのー、ちょっとすいません」
すると、賀島さんが
その女性講師さんに話かけました。
「まだ収録が残ってますんで、
お話はまたその後にでも
よろしいでしょうかね?」
突然他人から話しかけられて、
彼女も少し冷静になったようです。
「……あ、すいません。
失礼しました」
そこでようやくその役者さんへの
叱責は終わったのでした。
しかし私は、
まだ少しもやもやしていました。
どうせならもっと強く
我々の怒りを伝えていただいても
良かったのではないかと。
「……やだよ、そんなの。
エロアニメに関わることで
揉め事なんか起こしたくない。
少しでも長く仕事したいから。
場がとりあえず収まれば
それで十分じゃない」
「はぁ……」
私がまだ不満げな顔をしていると
賀島さんは苦笑いして
こう付け加えました。
「それにまぁ……何て言うか、
『うらみを買うのはなれてるよ』」
それは手塚治虫先生の
『ブラックジャック』187話
『殺しがやってくる』の一節でした。
そこで私はハタと気づいたのです。
長くエロアニメの仕事をされている
賀島さんやスタッフの皆さんは、
こうした理不尽で謂れのない差別を
何度も受けてきたのではないかと。
「……好きでやってる仕事だけど
万人に好かれる仕事じゃないからね」
その後、アフレコの後半パートは
無事に収録されましたた。
叱責されていた女性キャストさんは
賀島さんたちスタッフの所にきて
お詫びをされていました。
もちろん、賀島さんを始め、
彼女を責める人は誰もいませんでした。
「……でも神様が
代わりに怒ってくれて
少しだけスッとしたよ。
ありがとう」
様々な思いを胸に秘めつつ
今日もエロアニメ業界を支えて下さる
スタッフさん達のために、
今の私の気持ちを代弁してくれる
この曲をご紹介します。
1989年にサンライズさん制作で
放送されたオリジナルTVアニメ
『獣神ライガー』
1~28話までのオープニングです。
『怒りの獣神』。
「これもテンションが上がる
良い曲だよねー。
プロレスラーの
獣神サンダー・ライガーさんの
入場テーマの印象も強いよなー」
私はエロアニメ制作にも製作にも
何の役にも立ちません。
ただ少しだけでも
賀島さんの気持ちを癒せたようなので
今日はここまでにしたいと思います。
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