#25 時に競い合って さり気なく励まし合ったり
エロアニメの神様その日、
賀島さんは日本橋におられました。
単館上映の映画を観に行く道中、
日本橋駅で途中下車されたのです。
商業施設・コレド日本橋に隣接した
出口から地上に出ると、
そのまま迷うことなくスタスタ歩いて、
足を止めたのは
とあるビルの解体現場でした。
「ここに何かご用があるのですか?」
「……用は無いんだけどさ、ここはね
昔、ビデ倫があったビルなんだよ」
ビデ倫、日本ビデオ倫理協会。
かつて存在したアダルト映像メディア
の審査団体の一つだそうです。
「……ところで、改めて伺いますが、
審査団体とはどのようなモノなの
でしょうか?」
「んーとね、そもそもエロメディア
のメーカーさんが自分達の作品は
法律に違反していませんよって
対外的に証明するために作った
【自主審査組織】なんだよね」
「自主審査?」
「そうなのよ。よく警察やお役所の
組織だと思ってる人いるんだけど
全然違うんだよね。
自分達で審査団体を作って、
キチンと自主規制してますから、
警察は取り締まらないで下さいね
ってことなんだよ」
「ははぁ……なるほど」
「こういう審査団体の認証が無いと、
店舗でもネットの販売サイトでも
レンタル店でも作品の取り扱いは
できないからね」
「審査審査と仰いますが、
具体的にどんなことをチェック
されているんですか?」
「一番大きいのは、モザイクの範囲と
濃さの問題だね。
あとは、禁止されている用語を
使ってないかどうか、
18歳以下のキャラの性行為や
近親相姦・獣姦をしてないかとか
その辺のチェックだね」
「エロとは直接関係ない表現でも
指導されたりするんだよね。
切断された生首をアップにしたら
あんまりグロすぎるから
断面にモザイクを入れてって
指導されたことがあったな」
「面白いのはアナルのモザイクだね。
アナルは性器じゃないから
ただ映すだけならモザイクを掛ける
必要はないんだけと、
肉棒を挿入したり、指で弄ったり
大人のオモチャを挿れたりすると
性行為ってことになって
モザイク掛けなきゃいけないの」
賀島さんはエロアニメメーカーさん
の関連会社で働いた経歴があるので
この辺の事情には詳しいようです。
「ビデ倫が今の審査団体と
大きく違ってたのは、
立ち合い審査だったことだよね」
「立ち合い審査?」
「事前に作品のタイトルを申請して
審査の予約を取ってさ、
当日にビデオテープを持ち込んで
二人の審査員二人と一緒にビデオ
見ながら審査してもらうの」
「今はもう、映像素材を審査団体に
送って、後日結果を知らせてくる
形らしいよ」
「立ち合い審査の方が
製作者としては手間が掛かる
気がするのですが……」
「でも、
その場で審査結果が出るからね。
スケジュールがギリギリだと
時間のロスが無くて助かったよ」
「それと、やっぱり審査員と直接
対話できるっていうのが
色んな意味で勉強になったよ」
「勉強になった?」
「審査する方とされる方って言うと
敵対してるみたいだけど
そうじゃないんだ」
「映像本編の審査とは別に
DVDやビデオのジャケットの
審査もあったんだけどさ、
あらすじを紹介した文章の中に
【看護婦】っていうNGワードが
入っちゃってたの」
「看護婦?」
「これはエロとは関係ないんだけど
当時法改正があって、
女性の看護婦も男性の看護士も
【看護師】って呼び方に
統一されることになっててさ。
要は私のチェックミスなんだよ」
「ふむふむ」
「けどね、
その時の審査員に言われたんだ。
看護師って表現は男女共通だし
いやらしさが足りないだろ?
だからさ【ナース】って
言い換えればいいんだよ。
これなら看護師より艶っぽいし
文字数も同じだから、デザインの
修正も楽じゃん?……ってね」
「ははぁ……なるほど」
「お互いに共存共栄の関係だから
なるべく協力してあげようって
スタンスだったんだよね」
「鬼ノ仁さんのコミックスで
『制服少女』って作品をエロアニメ
化したことがあったのよ。
むらかみてるあき監督でね。
ところがこのタイトルがビデ倫に
引っかかっちゃったんだ。
【制服】で【少女】だと
どうしても18歳未満のキャラを
想像しちゃうってことでさ」
「あらあらあら……」
「この時、ピンクパイナップルの
織賀進プロデューサーが
『制服処女』ってタイトル名を
捻り出したんだよね」
「ほほう」
「少女と処女は音も似てるし、
ニュアンスの変化も少ないし
良いアレンジだよね?」
「で、原作元さんに了解を取って、
ビデ倫に再申請したんだけどさ、
その時の審査員さんに
『上手いこと考えたなー』って
笑って褒められたんだよねぇ……」
「良い思い出がいっぱいですね」
「勿論、どやされたこともあったし
辛かったこともあったよ?」
「ある時、
同じ会社のあるプロデューサーに
ビデ倫の立ち合い審査だけを
頼まれたことがあったんだ」
「立ち合い審査だけ?」
「当時、私の通勤経路に日本橋駅が
あったんだよ。
だから自分の担当作品以外でも
ビデ倫への用事をちょくちょく
頼まれてたの」
「ほうほう」
「エロゲー原作でストーリー重視な
作品の第一巻でね。
エッチシーンはラストの5~6分
しかない話だったんだ。
だからそのプロデューサーも審査
は楽に通ると思って、私を代理に
行かせたんだと思う」
「審査が通らなかったんですか?」
「いや、通ったよ。
全く問題ナシってね」
「……でもエロシーンのない20分を
一緒に観てる時、審査員の一人に
言われたのよ。
『……これ、全然エロくないけど
いいの?……本当に売れるの?』
……ってね」
「それはまた……」
「その言葉がグサッときてさ、
プロとして真剣にエロ作ってるの?
って聞かれた気がしたんだ
審査を通るかどうかじゃなくてさ、
そういう作品を持ってきちゃった
ことが恥ずかしくてねぇ……」
「担当プロデューサーには審査が
通った旨だけ報告したんだけどさ
あの時のことは忘れらんないね」
「やっぱビデ倫は、ただの審査団体
じゃなくてさ、立場は違うけど、
一緒に業界のことを考えてくれる
【仲間】なんだなって思ったよ」
賀島さんが製作のお仕事から離れて
シナリオライターになった後、
2007年8月、日本ビデオ倫理協会は
アダルトDVDの審査が不十分として
警視庁の家宅捜索を受けます。
2008年3月、審査部統括部長が猥褻
図画頒布幇助の容疑で逮捕。
2008年6月に協会そのものが活動を
休止してしまいます。
「この頃にはもう、知り合いだった
職員さんや審査員さんたちは
みんな居なくなっててさ。
私もニュースを聞いただけだから
詳しい経緯や事情、背後関係は
よく知らないんだよね」
「……ただ実は、ビデ倫が無くなった
後もこのビルにはちょくちょく
来てたんだよね」
「はい?」
「エロアニメメーカーのバニラさんや
ぱしゅみなさんを運営してる会社が
このすぐ近所にあってね。
打ち合わせで来ることがあると、
その前後にちょっと寄ってたんだ。
少なくとも2013年頃までは
空きテナントになってたと思う」
「その空きテナントに来て、
何をしていたんですか?」
「何だかんだ言って、良い思い出が
沢山あったからね。
懐かしくて物思いに耽ってた」
「勿論、テナントの室内に入ることは
できないんだけどね。
エレベーターで5階まで上がって
ドアの前まで行って、フロアの
トイレだけ使ったりしてさ」
その思い出のビルは、周りの幾つかの
ビルと合わせて解体されていました。
どうやら一帯が再開発されるようです。
「知り合いから噂で聞いてさ
ちょっとまた、
無性に懐かしくなってね……」
「『特命戦隊ゴーバスターズ』の
エンディングで
『キズナ~ゴーバスターズ!』って
曲があるじゃない?」
「はい?」
「ビデ倫とはあんな感じの関係性
だったと思うんだよね
『ギリギリになっても
バラバラにもならない』とか
『時に競い合って
さり気なく励まし合ったり』
とかさ」
「なるほど」
『特命戦隊ゴーバスターズ』は
2012年から放送された
東映制作の特撮テレビドラマです。
エンディングテーマは
幾つかバージョンがありますが
本日は2013年に公開された
劇場版の主題歌でもある
『キズナ~ゴーバスターズ!
豪快にアレンジver.』
をご紹介しましょう。
賀島さんとビデ倫の思い出話は
もうちょっとだけ続きます。
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